【ジョジョ7部SBR】Perfume『チョコレイト・ディスコ』のトリプティクについて

目次


荒木飛呂彦ジョジョの奇妙な冒険 Part7 スティール・ボール・ランSBR)』17巻を読んだ。

この巻(#64-#68)で大統領ファニー・ヴァレンタインのスタンドが遂に動き出すのだが、この巻だけではそのスタンド能力の全容を計り知ることはできない。
幾つもの謎が提示されたまま、紙幅は尽きてしまう。

18巻以降へ持ち越されるこれらの謎のすべてを整合させながら回収していくのは達人技だと思われるが、フィクションならではのユルさを最大限に活かして成し遂げられるに違いない。スタンド能力の描写は、たんに厳密であるだけにとどまらない、現実性を無視した漫画ならではの飛躍がいつも含まれていて、この飛躍こそがジョジョシリーズをそのもの足らしめているように思われる。

スタンド「チョコレート・ディスコ」の能力

このように大掛かりな謎が広げられる中で、まるで小ネタのように新たなスタンド「チョコレート・ディスコ」が登場する。スタンド使いの名は「ディ・ス・コ」。単行本の中で各話の変わり目に挿入されるスタンドの解説には以下のように書かれている。

どんなタイミングであろうと、どんな方向や角度からの自分への攻撃であろうと、そのエネルギーや物質の同じものを、X軸Y軸の座標のところへ正確に落下させる事ができる。超単純。―それしか言わない。―(p.74)

チョコレート・ディスコは、シビル・ウォーと同様に、空間を扱うスタンドである。

攻撃の際は、マス目として表された座標系(紙テープのように薄くて柔らかいものによって構成されている)を主に地面上に広げるのだが、これらのマス目はスタンド本体であるディ・ス・コの左腕に巻きつけられたスイッチに対応している。スイッチが押されたタイミングで、彼の周囲(おそらく手の触れられるほどの範囲)で動いている任意の物体は、地面に広げられたマス目の該当の座標へと瞬間移動する。

射程範囲内であれば、その紙テープ(のようなもの)を自由に動かすことができるようだ(地面から移動させて身体に這わせもしている)。あるいは、紙テープのようなものを広げる際には、南極を起点に緯線が放射状に広がるように、それがディ・ス・コの足元から広がるという描写を見ることもできる。

スタンド使いディ・ス・コの可愛げ

ジャイロが「かなり『無敵』」と言うほどのスタンド能力であるにもかかわらず(というか、強力なスタンドの一部が時折そうであるように)、ディ・ス・コはあらゆる点で「間の抜けた」愛すべきスタンド使いである。以下に彼を愛したくなる点を列挙しよう。

  • 左腕に巻かれているものは一見ダイヤルのように思われ、各列を揃えることによって作動するメカニカルなシステムであるかのようであるが、それはたんに意匠的な設定であり、実のところは座標に一対一で対応するスイッチである。
  • それほど効果的ではなさそうに思われるが、硫酸のような液体の入った二つの瓶を、なぜかぶつけて割る。
  • ジャケットの懐に、硫酸のような液体が入った瓶を何本も忍ばせている(釘も)。
  • 「追いつめられたら銃かよ」(p.94)。
  • もっと大きな展開が進行している合間で、すぐにやられる。
  • ジョジョ立ちだけは一丁前。

瓶のくだりが最高に愛らしい。可愛げの中の可愛げである。立ち居振る舞いが、典型的なザコキャラを忠実に踏襲している。最終的には、ジャイロが二つの鉄球の回転でディ・ス・コ周囲の空気の密度を変化させ、それによってディ・ス・コは距離感を狂わされ、ジャイロのいる座標の識別に失敗し、ジャイロの接近を許し、いとも簡単に敗北してしまう。

スタンド名の由来はPerfumeチョコレイト・ディスコ

スタンド名の「チョコレート・ディスコ」は、Perfumeの曲『チョコレイト・ディスコ』がその由来となっている。調べてみると、ジョジョ初の、邦楽を名の由来とするスタンドらしい。

ジョジョ史上初の邦楽スタンド名の座こそPerfumeの『チョコレイト・ディスコ』に譲ったものの、SOUL'd OUTがジョジョ史上初登場の邦楽アーティストとなった功績の偉大さはいささかも損じられるものではありません

SOUL'd OUTはジョジョ史上初の邦楽アーティスト - まつたけのブログ


[MV] Perfume「チョコレイト・ディスコ」

曲中では「バレンタインが近づいて」あるいは「対決の日が来た」と歌われている。ちなみに、連載誌掲載時のスタンド名は曲名と同じ「チョコレイト・ディスコ」だったが、単行本において「チョコレート・ディスコ」に変更されたということだ。そして、Perfumeの曲『チョコレイト・ディスコ』をまんがの中に反映させるその手つきが極めて興味深いものとなっている。

ディ・ス・コの台詞

『チョコレート・ディスコ』
オレの能力の「スタンド名」だ
『チョコレート・ディスコ』
ただのそれしか言わない
以上で終わりだ、それだけ
他にはない…オレのセリフは終わり…君に解説してやる事柄はな…(pp.78-79)

ディ・ス・コの台詞はこれだけである。あとは、「うっ」、「ハァハァ」、「うああ」など、生理的に発せられる言葉にならない声だけだ。公平さのために自らの弱点までもを語った前回の敵「アクセル・RO」と比べると、ディ・ス・コは極端に口数が少なく、それどころかスタンドの「名称」以外の情報を与えることは決してない。それゆえ対戦相手は、有益な情報を何一つ得ることができないままに勝負をはじめなければならない。

plastic21g.hatenablog.com

ところで、Perfumeの『チョコレイト・ディスコ』では、バレンタインデーに至るまでの情景および女子の心の高まりが歌われている。

しかし、『チョコレイト・ディスコ』についての一般的な印象を支配しているのはおそらく、ただひたすら連呼される「チョコレイト・ディスコ」のリフレインではないだろうか。つまり一般的な印象においては、この曲は情報としてはほとんど意味を持たない「チョコレイト・ディスコ」という言葉、「ただのそれしか言わない」歌であるのだ(ちなみに曲中「チョコレイト・ディスコ」は43回出てくる)。

荒木飛呂彦はこのような一般的な印象を、ある種批評的に作品内に取り入れることに長けた作家である。そして今回のように、その批評眼をスタンド自身のものとし、そのキャラクターのポジティブな態度として描き出したりする。

poke-monn.hatenablog.com

ディ・ス・コの足音

「コツ、コツ、コツ」という表音が彼の足音である。寡黙なディ・ス・コだが、歩いているときの彼は必ず足音を立てている。おそらく足音の数が台詞の数を上回る唯一のキャラクターである。

彼の足音は、それが足音であるにもかかわらず基本的には吹き出しの中に描かれている(登場時の最初の1コマのみ吹き出し無しで四つの「コツ!」が描かれている)。一つの吹き出しに一つの「コツ」が入っていて、吹き出しの中の文字ではあるがフォントは使われておらず、通常の擬音と同様に手書きで描かれている。手書きなので「コツ」に見える文字は「コッ」にも見える。

そしてこの足音は、Perfumeチョコレイト・ディスコ』の印象的なディレイ(ディスコッ、コッ、コッ)にそのまま重なっている。荒木はその作品世界内に、スタンドの元となった曲の一般的な印象をただたんに反映させるだけではなく、それを可能な限り網羅しようとする。

ディ・ス・コという名前

連載誌掲載時、このスタンド使いは「ディスコ」と表記されていたのだが、単行本においては「ディ・ス・コ」に修正されている。そしてこれが『チョコレイト・ディスコ』の一般的な印象を描くトリプティク(三幅対)の最後を飾る。

ジョジョ1部、2部ではキャラ名、3部以降ではスタンド名、7部『スティール・ボール・ラン』ではキャラ名やスタンド名などに、一貫して「洋楽」から付けられきた。また、2002年/マンガ オモ!1月増刊号では「家にある邦楽アーティストのCDはたった一人、渡辺貞夫」「邦楽は本当にまったく聞かない」。そんな荒木先生が……
ジョジョ史上初の”邦楽”ッ!? 『スティール・ボール・ラン』にSOUL’d OUTの曲名を持つキャラが登場ッ! | @JOJO アットマーク・ジョジョ ~ジョジョの奇妙なニュース~

今となっては邦楽のCDは渡辺貞夫のものしか持っていないということは考えにくいが、それでもやはり人生の大半は洋楽を聞いてきた荒木にとって、日本のポップスは未だ耳慣れないものであるのかもしれない。このことは同時に、日本のポップスにおける英語の扱い(訛り)を聴き過ごせるほどまでには、彼はそれに親しんでいないということを意味している。

英語discoはdisとcoの二つの音節に分かれる(「ディス・コウ」のように聴こえる)。chocolateにしてもchocとoとlateの三つに分かれる(実際にはoはほとんど発音されず、2音節のように聴こえる。「チョク・レット」のように聴こえる)。しかし『チョコレイト・ディスコ』において、それらは「チョ・コ・レ・イ・ト」「ディ・ス・コ」と音節化されて歌われる。つまり日本語の音節で歌われるのだ(しかも日本語的であることが意図的に強調されているように思われる)。

荒木には、これが違和感を伴って聴こえてきたのだろう。スタンド使い「ディスコ」は必然的に「ディ・ス・コ」へと表記を変化させた。

ところで、英語版では「ディ・ス・コ」が「D-I-S-C-O」と表記されている。文字を区切るところまではよかったが、願わくば「Di-S-Co」あるいは「Di-Su-Co」であればと(英語圏の人が日本人によるカタカナ英語を聴いたときの違和感を反映させるために)。

舞台をマス目で区切るのもPerfume由来?

スタンド能力に話を戻そう。先程述べたように「チョコレート・ディスコ」はマス目で区切られた座標系を使用する。そして以下の記事によると、この設定もまたPerfumeに由来しているという。

刺身さん情報にあった「Perfume は振り付けのダンスの立ち位置を覚えるために、舞台を数字で区切って覚えていた」(ソースは NHK )の裏を取ろうとググったけど、それらしい言及が見当たらない。
キーワードはいつもバズワード - イン殺 - xx

調べてみると、NHKPerfume 20歳の挑戦 ~Dream Fighter~」(2009年1月17日放送)という番組の中でこの事実が紹介されていた。

Perfumeのステージには90センチ間隔で番号が貼られています
出典:NHKPerfume 20歳の挑戦 ~Dream Fighter~」

センターが0で、両方に1, 2, 3て進んでいくんですけど、このときは1, 0, 1で三角形とか、踊ったりするときに3人の立ち位置の場所を均等にするためというか(西脇綾香
出典:NHKPerfume 20歳の挑戦 ~Dream Fighter~」

武道館公演ではステージに21までの番号が貼られたそうだ。横軸のみであるが、確かにPerfumeはステージを区切ってパフォーマンスの向上に役立てていた。

しかし、荒木がそのスタンド能力を連載誌で描いたのは番組放映以前の2008年8月のことなので、この番組を見てそのような設定を採用したわけではない。荒木はこのことを事前に知っていたのだろうか。あるいはPerfumeのダンスまたは全体的なイメージからマス目の座標空間を連想したのだろうか。それとも偶然の一致なのか。よくわからないので、今回はこれで終わりたい。

チョ・コ・レ・イ・ト・ディスコ
チョ・コ・レ・イ・ト・ディスコ
チョ・コ・レ・イ・ト・ディスコ
チョ・コ・レ・イ・ト・ディスコ
チョ・コ・レ・イ・ト・ディスコ
チョ・コ・レ・イ・ト・ディスコ
チョ・コ・レ・イ・ト・ディスコ
チョ・コ・レ・イ・ト・ディ・ス・コ
チョ・コ・レ・イ・ト・ディ・ス・コ
チョ・コ・レ・イ・ト・ディ・ス・コ
チョ・コ・レ・イ・ト・ディ・ス・コ
ディ・ス・コッ・コッ・コッ

出典:Perfumeチョコレイト・ディスコ

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