aikoの『カブトムシ』をiOSの音声認識で歌ってみたら、腐女子の切ない恋物語が爆誕した
はてなブログのブログチャレンジ*1の中に「音声入力でブログを書く」という項目があったので、iPhoneで(iOSの音声認識機能を使って*2)歌でも歌ってみることにした*3。とりあえず自分の好きな曲にしようということで、aikoの『カブトムシ』を選んでみた*4。aikoはこの曲の中で、苦しいほどの恋心が刻み込まれる瞬間を歌っている。そしてこの名曲をiPhoneで歌ってみたところ、不思議なことに腐女子の叶わぬ恋の歌が誕生したのである。
目次
aiko『カブトムシ』原曲の歌詞とMVは以下である。
歌詞:
カブトムシ aiko 歌詞情報 - うたまっぷ 歌詞無料検索
MV:
aiko-『カブトムシ』music video short version
aiko『カブトムシ』をiPhoneで歌ってみた
以下、1番のAメロから順に、iOSによって認識された歌詞を掲載し、それについて解説を加えることとする。
1番 Aメロ Bメロ
悩んでる体が熱くて 指先が凍えるほどの冷たい
出だしは順調。「指先は」が「指先が」になっていたり、「凍えるほど冷たい」が「凍えるほどの冷たい」になっているが、このあたりはご愛嬌。話し声を変換しているわけではなく、歌声だから。音声認識機能は話し声を想定してプログラムされている。歌声は一音が伸びたり、伸びながら音階が変化したり、こぶしが入ったりするため、話し声のようには変換されない*5。そのことを考慮するとiOSはなかなか優秀だと思える。それに、iOSは日本語の正確さを逸脱することを恐れない。
どうした早く行ってしまえ そう言われても私は用意
「言って」が「行って」になっている。ただ、文脈的にはまだそれほど離れていない。ここで第三者として物語の「語り手」(主人公の心の声だろうか?)が登場し、「どうした早く行ってしまえ」と主人公に行動を促す。しかし、主人公は「弱いから言えない」のではなく、「用意している最中だから行けない」らしい。
あなたが死んでしまって 私もどんどん投資を置いて 想像つかんなぁ いくら そう言いますが何より大切で
主人公が二人の未来を想像する場面だが、「あなた」が死んだ後、彼女がそれまで勤しんできた「投資」をやめ、そのとき累計で「いくら」儲かっているのだろうかと彼女は想像する。しかし、それを想像することは難しいらしく、「想像つかんなぁ」と方言(関西弁だろうか?)で話している。
再び語り手が現れ、利益額を覚えていないらしい主人公に対して、「そう言いますが(いくら儲かったかが)何より大切で」と指摘する。語り手は、将来について非常に現実的なビジョンをかかげているらしく、彼(彼女?)にとっては、未来を想像するときは、利益額を想像することが何よりも大切であるようだ。
スピードを落としたメリーゴーランド 白馬のたてがみが揺れる
「を」が入ってしまったが、ここはほぼ完璧。
1番 サビ
少し背の高い あなたのみ実に寄せたおでこ
「実」というのは木に実っている果実か何かだろうか。主人公より背の高い「あなたのみ」がおでこを実に寄せることができたようだ。彼よりも身長の低い主人公はおでこを実に寄せることができなかったのだろう。
あーまーいーにーおーいーにいー 誘われたあたしワーカーぶどう虫
強烈に自らの欲望を駆り立てる「甘い匂い」に我慢できず誘われてしまう様子を、iOSは「あーまーいーにーおーいーにいー」と長音符を挟み込むという技法によって見事に表現している。
この「甘い匂い」に誘われるのが「ワーカーぶどう虫」である。これはおそらく、アリで言うところの「働きアリ」である。このとき、「ワーカーぶどう虫」となった彼女は、彼の甘い匂いにではなく、「実」の甘い匂いに誘われている。
ちなみにぶどう虫とは、「ブドウスカシバ」と呼ばれる蛾の幼虫であり、ぶどうの主要害虫の一種である。ここでわたしたちは「あなた」がおでこを寄せた「実」の正体を知ることとなる。つまりぶどうである。
ぶどう虫は古くから渓流釣りの釣り餌として使われており、主にイワナやヤマメなどのマス類*6を釣るのに適している。もう一度言おう、ぶどう虫はマスの釣り餌である。
流れ星流れる 苦しい嬉しい胸の痛み
「苦し嬉し」が「苦しい嬉しい」になっているだけ。順調。
将軍 バス出ることがないでしょう
突然「将軍」が登場する。ここでiOSはSF的な状況を作り出し、しかもそれだけにとどまらず非常に高度に物語を構造化している。
あと少しでぶどうにたどり着くことができそうなワーカーぶどう虫よろしく、彼に接近し「苦しい嬉しい胸の痛み」を感じている主人公だが、ふと向こうに視線を移すと、運転手のいない停止したバスの後部座席に座っている「将軍」を見る。月光に照らされた上半身しか確認できないが、将軍は威厳に満ちた佇まいで、立派な甲冑を身にまとっている。
おそらく将軍はこの時代へとタイムリープし、城へ戻るにはバスを利用するのがいいということを聞き、そのあたりに止まっていたバスに乗り込んだのだろう。しかし主人公は、それが営業所の片隅に止められたバスであり、すでに営業時間は終了しているということを知っている。それゆえ主人公は心の中で思うのである。その「バス、出ることがないでしょう」、と。
主人公にとっては、将軍がタイムリープしてきたという驚天動地の「事実」よりも、今「あなた」の隣にいるという小さな「事実」のほうが圧倒的に彼女の心を揺さぶるものとして立ち現れている。彼女のすべてが凝集されたようなこの小さな事実を前にすると、どんな地球規模の出来事であっても、それは風景へと退かざるをえないのである。
生具合は薄れることがないでしょう
iOSが別の表現に変えてしまったにもかかわらず、奇跡的に元の歌詞「生涯忘れることはないでしょう」と意味的に類似している。「生具合は薄れることがない」は、つまり「いつまでも新鮮なものであり続ける」ということだ。彼女はこの気持ちを生涯忘れることはないだろう。
2番 Aメロ Bメロ
華咲をくすぐる歩 りんとたつのがソラノやおい夏
「歩」という不明瞭な言葉が使われている。元の歌詞は「春(はる)」だから音的に「アルク」だろうか。送り仮名がないので、おそらく名詞として使用されているように思われる。とりあえず「アルク」という人物名としておこう。「アルク」という人物が、「華やかに咲く」という行為を「くすぐる」。何やら怪しい表現であるようにも感じられる。
そして「ソラノ」もまたおそらく固有名詞だろう。そのソラノが「凛と立つ」。その後に「やおい夏」という言葉が続く。「やおい」とは男性の同性愛を扱う創作物を指す言葉で、形容詞的に使用されることが多い。つまり「やおい夏」とは、「男性の同性愛が繰り広げられる夏」といったところだろう。「ソラノ」はその夏の登場人物の男性であり、そのソラノが「凛と立つ」。
このように、2番の冒頭では「アルク」と「ソラノ」という二人の男性が描かれている。「アルク」が「華やかに咲く」ように「くすぐる」と、「ソラノ」は「凛と立つ」のである*7。二人のこうした秘密の情景が「夏」という季節の中に描かれる。それゆえこの夏は「やおい夏」と呼ばれるのである。
そうでおかずが過ぎるアーキ中宗 気がつけば真横を取る冬
「そう、で、おかずが過ぎる」。どうやら主人公はこの「やおい夏」物語を「おかず」にしていたようである。彼女はやおい作品の愛好者なのだろう。いわゆる腐女子である。
「アーキ中宗」という固有名詞らしき言葉をどう考えるかは難しいところだが、おそらくはこのやおい作品の作者のペンネームであると思われる。漫画家なのか小説家なのかは不明だが、「アーキ中宗」の作品は、読者に「おかずが過ぎる」と言わせるほどツボを突いてくるのだろう。非常に背徳的で審美的なエロスが描かれているのだろう。
主人公は「アーキ中宗」の作品をおかずにした後、ぼんやりとしていた。そしてふと「気がつけば」、「冬」が彼女の「真横を取」っているではないか。相手に背後を取られるように、冬に真横を取られていたのである。
強い金仕事全部 心に残ってしまうとしたら
それもあなたと過ごした印 いっそう幸せに思えるだろう
1番の中で、主人公の女は彼が死ぬまで投資を続けるという未来を想像している。つまり「強い金仕事」とは、そうした投資を含めた大きなメイクマネーを意味している。二人で励んだ「金仕事」は、それによってお金が儲かるだけでなく、あなたと過ごした印として心に残るだろう。お金が儲かり、思い出を刻むこともできる。それゆえただたんに幸せなのではなく、「いっそう幸せに思えるだろう」と彼女は考えるのだ。
い気を留めて見つめる先には 長いまつげが揺れてる
「息を止めて」が「い気を留めて」になっている。「い」というのはおそらく漫画で言うところのオノマトペである。彼女は、彼の揺れる長いまつげに、「気を留めて」いる。
2番 サビ
少しクセのある あなたはどこへ耳を傾け
「少しクセのある」のは、「あなたの声」ではなく「あなた」である。男は彼女から見て少しクセのある人間であるらしい。そしてその男は真剣に何かを聞いている。彼女は彼がどこに耳を傾けているのだろうかと関心を持っている。iOSは「あなたはどこへ耳を傾け」、と連用形で終えることによって、主人公の言葉にならない気持ちに想いを馳せている。
腹あーいーやーすーらー切り 酔いしれるあたしワーカーぶどう虫
突然波田陽区が登場し、かつて一斉を風靡したギター侍のネタを披露する。彼が「切る(斬る)」対象となる人物は、中華料理の有名店「腹華楼」の店長「腹」氏である。腹は、スーラータンメンの注文を受けると「アイヤー、スーラー!」と素っ頓狂な声を上げるのだが、一部でそれが嘲笑の対象となっている。波田はこれを題材に「ふく、アーイーヤースーラー、ぎり!」と叫ぶ。
つまり、「あなた」が「耳を傾け」ていたのは、ラジオから聴こえてくる波田陽区のネタだったというわけだ。ラジオに耳を傾けている「あなた」を見ながら、「わたし」こと「ワーカーぶどう虫」は「酔いしれ」ている。
琥珀の弓振り付きいー 息切れすら覚える工藤渉ぐらい売れることはないでしょう
そして今度は「工藤渉」という謎の人物が現れる。文章の前後関係から推測するに、iOSの描くフィクションの世界では、この「工藤渉」という人物は売れっ子のお笑い芸人である。その芸風はというと、「琥珀の弓(もちろんフェイクの琥珀である)」を持って「振り付き」で歌を歌うのだが、動きが激しすぎて毎回ひどく「息切れ」する様子を見せてオチとする、というものだ。
「あなた」に酔いしれながらも、自分の耳に届いていた波田陽区のネタを受けて彼女はこう思う。「(息切れすら覚える)工藤渉ぐらい売れることはないでしょう」。
2番のサビの歌詞はすべて密接に関係している。「あなた」はラジオから聴こえてくる波田陽区のネタに耳を傾けている。「あたし」はラジオに聴き入る彼の様子に酔いしれていると同時に、波田陽区が「工藤渉」ほどには売れないと思っている。おそらく「あなた」は波田陽区のネタを好んでいるが、「あたし」はそうではない。iOSは二人の笑いに対する趣味の相違を忍ばせることによって、物語に奥行きを与えることに成功している。
生食い ます釣れることはないでしょう
歌詞の結びは難解だ。ここで言われている「ます」とは、渓流釣りにおいてぶどう虫を釣り餌として釣られる主要な魚を指している。主人公は自らを「ワーカーぶどう虫」に例えているため、自らを釣り餌として彼女が釣ろうとしているのは「ます」としての「あなた」であることが理解される。
そして、いささか直接的すぎる表現ではあるが、「生食い」するための「ます」は「釣れることはない」。つまり、「あたし」は「あなた」と結ばれることはないということがここで歌われている。彼女は知っているのだ。自分は決して彼と結ばれることはないということを。「あなた」は「あたし」のことを恋愛対象として見ていない。彼女はそのことを痛いほど理解しているにもかかわらず、接近するだけで苦しくなってしまうほど彼のことを想っているのである。
こうして、腐女子の叶わぬ恋が歌われていたということが最後に明らかとなり、この物語は幕を閉じる。もしも帰宅後の彼女の心の中に何かが入り込んでしまうなら、彼女は「アーキ中宗」の本を開き、「あなた」のことを「アルク」か「ソラノ」に見立てるだろう。
『ワーカーぶどう虫』歌詞
このように、非常に切なく、ノスタルジックな恋の物語が誕生した。iOSはもしかすると脚色システムとして有効なものであるのかもしれない。もちろんaikoの『カブトムシ』だからこそ、こうした逸脱をすべて包摂することができたのだとも言えるだろう。
カブトムシ aiko 歌詞情報 - うたまっぷ 歌詞無料検索
この歌にタイトルを付けるなら、順当に『ワーカーぶどう虫』だろうか。最後に『ワーカーぶどう虫』の全歌詞を紹介し、この記事を終えたい。
iOS『ワーカーぶどう虫』歌詞
原作:aiko
脚色:iOS
悩んでる体が熱くて 指先が凍えるほどの冷たい
どうした早く行ってしまえ そう言われても私は用意
あなたが死んでしまって 私もどんどん投資を置いて
想像つかんなぁ いくら そう言いますが何より大切で
スピードを落としたメリーゴーランド 白馬のたてがみが揺れる
少し背の高い あなたのみ実に寄せたおでこ
あーまーいーにーおーいーにいー 誘われたあたしワーカーぶどう虫
流れ星流れる 苦しい嬉しい胸の痛み
将軍 バス出ることがないでしょう
生具合は薄れることがないでしょう
華咲をくすぐる歩 りんとたつのがソラノ やおい夏
そう で おかずが過ぎるアーキ中宗 気がつけば真横を取る冬
強い金仕事全部 心に残ってしまうとしたら
それもあなたと過ごした印 いっそう幸せに思えるだろう
い気を留めて見つめる先には 長いまつげが揺れてる
少しクセのある あなたはどこへ耳を傾け
腹あーいーやーすーらー切り 酔いしれるあたしワーカーぶどう虫
琥珀の弓振り付きいー 息切れすら覚える工藤渉ぐらい売れることはないでしょう
生食い ます釣れることはないでしょう
『カブトムシ』は、aikoのメジャー通算4作目のシングル。
- アーティスト: aiko,島田昌典
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*1:「はてなブログをどれくらい使いこなしているかを確認できるチェックリスト」だそうだ。
*2:「Siriを使って」と言ったほうが分かりやすいのかもしれないが、より間違いなさそうな「iOSの音声認識機能を使って」という表現を採用した(Siriは応答までがその機能に含まれているソフトである)。
*3:これもより正確には、「わたしの歌声をiOSの音声認識機能によってテキスト化した」と言うべきなのかもしれない。
*4:ちなみに筆者はこの曲を、1990年代のJポップにおいて最も重要な楽曲であると考えている。
*5:ファルセットを言葉として認識しなかったり、一音でも音階が変化するたびに異なる音として認識したりする。
*6:「主に、イワナ、ヤマメ、アマゴ、ニジマス、ブラウントラウトなどがマス類、トラウト類など呼ばれる」。マス - Wikipedia
*7:もちろんくすぐられているのはソラノのほうである。